WEB小説紹介№054 「ドライアイス・エンジン」「さよならがいえない」本間 海鳴さん
ドライアイス・エンジン
作者:本間 海鳴
好きな物が離してくれないんですよ、私のことを。
ジャンル/現代ドラマ・短編
タグ/純文学
総文字数/10,400文字
文章のリズム感:☆☆☆☆
主人公の心理描写:☆☆☆☆
カッコいい大人:☆☆☆☆
サクッと読める短編です(*´ω`*)
短くも中身の詰まったよき作品ですので、ぜひ読んでみてくださいませ。
本文引用
永遠は、存在しないからこそ美しい。そして、終わりは何かの始まりである。何かが始まる瞬間は、永遠よりも美しい物である。
「瀬堂さん、撃たれたんすか?」
部下である長田くんが、私の顔を見るなり笑いながら言った。
「撃たれた?」
「ヤバいっすよ、胸ポケット」
はっとしてワイシャツの胸ポケットを見る。差した赤インクの油性ペン。インクが漏れだし、左胸を真っ赤に染め上げていた。
「しまった、なんだこりゃ」
「よかったっすね、スーツの上着てて。上着脱いで電車乗ってたら、笑い者でしたよ」
スーツの上は会社に着くまで脱がない。それを知っている長田くんは、涙を流しながら笑っている。急いでスーツの内側を確認したが、そこまでは染みていないようだ。
「参ったな。さすがにこれは洗濯じゃ取れないぞ」
意味が無いと知りながらも、赤い染みを爪でカリカリとかいた。ビクともしない赤い染みは、ぼんやりとあの日のことを思い出させる。
心臓の鼓動よりも下を通り抜けていく音。腹の底を震わせるのは、低いエンジン音と、それを操ることへの興奮である。
ハーレーダビッドソンは、男の浪漫だ。跨っている時だけは、まるで洋画の主人公にでもなったかのような気がする。ライダースジャケットは上半身に吸い付いて風を切る。ここにベレッタでもあれば、最高のヒーロー気分を味わえたことだろう。
日本の道路は、狭くて曲がりくねっている。信号も多い。この大きな怪物は、きっとこの道に満足していないはずだ。
「すまんな、相棒」
フルフェイスヘルメットを被っているのをいい事に、ヒーロー気取りの台詞を吐き散らかす。
「いつかちゃんと真っ直ぐな道を走らせてやるよ」
答えるかのような『唸り声』。
さよならがいえない
顔を捨てた。
全ては一つの恋のため。
あらすじ引用
セーラー服には、いい思い出がない。ただ一つ忘れられないのは、低くて甘い国語教師の声だった。同窓会の日、私は勝負に出る。
ジャンル/現代ドラマ
タグ/純文学 年の差 整形 悲恋
総文字数/6,289文字
これは切ない:☆☆☆☆
セーラー服が嫌いな理由:☆☆☆☆
精いっぱいの優しさがつらい:☆☆☆☆
「おやすみ。幸せになったらまた会おう」のセリフが突き刺さりました(´·ω·̥`)
こちらも短編ですが、読み応えがあります。ぜひ読んでみてくださいませ✨
本文引用
同窓会の招待LINEが来たのは、私が二十歳になったその日のことだった。まるで私が二十歳になるのを待っていたかのように、それはやって来た。
九月十二日。私は二十歳になった。私はその日を一人で迎えた。雨の降る、肌寒い日だった。
馬鹿みたいに派手な赤いコートで街を歩いた。派手なコートと高いヒールのせいで、すれ違う人がみんな振り向いた。私はその足でコーヒーショップに行って、今日出たばかりの新作を注文した。爽やかな男性店員が、私にコーヒーを手渡してくれた。手渡す時に指先が触れた。コーヒーを受け取って帰る時、男性店員の頬がほのかに赤く染まっているのを見た。
男性は素直だ。コンシーラーを叩き込んだ顔じゃないから、頬が赤いのがすぐ分かる。カラコンをしていないから、動揺して瞳が震えるのもすぐに分かる。ネイルをしていないから、指先が戸惑っているのもすぐに分かる。胸が無いから、心臓の鼓動が激しいのもすぐ分かる。
コーヒーを飲みながら仕事場に戻る途中で、LINEが来た。それを読みながら、そっと私は顔を撫でた。
私の顔が整形で出来ているなんて、誰も思っていないようだった。高校を卒業してすぐ、私は自分の顔を捨てた。目を大きくして、鼻を高くし、顎を削って、歯を矯正した。唇を厚くして、脂肪を吸引し、おでこを少し出した。とにかく美人になりたかった。どんな人も虜に出来るような、全ての人が振り向くような、そんな美人になりたかった。顔を変えれば変えるほど、周辺に男性が増え始めた。仕事場でも取引先でも、買い物に行った店や街中でも、どこでも男の人が声をかけてきた。男の人が近付いてくるようになったのを見て、私は整形をやめた。私は、誰から見ても『美人』になったのだ。